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プロローグ
2012-04-11 Wed 00:43
 気が付くと総司は見慣れた場所にいた。いや、八十稲羽に来てから何回も足しげく通った所。高級リムジンの車内を模した内装で蒼一色で統一されている、摩訶不思議な空間。

 通称ベルベットルーム。

 総司はそこの客だった。そうつい先日まで。

 自分は確か元いた都会へと戻る為、電車に乗った筈だ。それを皮切りにこの部屋の存在もまったくと言って良いほど見えなくなっていた。

 確かに掛け替えの無い友人達とホームで別れ、自分は座席にしっかりと座っていた筈だ。

 それなのに…



「ようこそお客人、またお会い致しましたな」



 耳の先が細長く尖り、鼻が必要以上に長い。人間とは思えぬ人物。ベルベットルームの主イゴールが一番最初に会った時と同じ様な怪しい笑みを浮かべて目の前にいた。



「どう…いう事だ? 俺は確かに電車に乗った筈」

「お呼びだてして申し訳ありません。お客人の時間は止めてありますのでご心配召されるな」

 イゴールの言葉に総司は首を傾げる。

「俺は契約を果たした筈だと思ったんだが…」

「はい。お客様は見事に契約を果たされました」

 そこにすっと凛とした女性の声が加わる。イゴールの助手であるマーガレットだ。

「なら、何故俺は此処にいる?」

「お客人の疑問も最もです。それをこれからご説明致しましょう。マーガレット」

 イゴールに促されマーガレットが頷く。

「はい。私から説明申し上げます。単刀直入に申しますと、もう一度事件の謎を追って頂きたいのです」

 マーガレットの言葉に耳を疑う。

「な…に……?」

「確かにあれも一つの結末です。ですがまだ解き明かされていない結末がございます。それは貴方様が追っていた事件の最も重要なものです」

「もっとも重要なもの…?」

 その言葉に総司の頭の片隅に何かが一瞬過ぎった。それは疑問。自分はあの結末で何かを…とても重要な何かを見落としている…?

 総司のそんな思いを見て取ったのかイゴールがすっと片手を上げる。

「ですから…また貴方には大きな謎を追って頂きます。私共はまた別の結末を見て見たいのですよ」

「そんな…」

「大丈夫ですわ。貴方様でしたらきっと私共に素晴らしい結末を見せて下さいますわ」

「ちょっ!」

 二人は総司に反論の隙も与えずに交互に言う。

「それに…二度目を迎えるにあたって、ちょっとした追加要素もお与えしましょう」

「はっ?」

 何それ…と言う間も無く総司の視界がぼやけて行く。

「それでは後ほどまたお会い致しましょう」

 イゴールの言葉を最後に総司の意識はフェードアウトしていった。





 総司はハッと目を見開く。視界の先には先程乗った電車の前の座席が見える。

 思わずホッとする。

 何だ、あれは夢だったのか…と。

 一年間と言う短い期間ではあったけれども大切な仲間と共に他の一般人では決して体験し得れない事を過ごして来たものが見せた夢だったのだ。

 総司はその事に安心して無意識に片手で額の汗を拭う。

「……………ん?」

 そこで違和感にようやく気が付く。

 服の袖が黒い。確か電車に乗った時は私服のもう少し薄めのグレーに近い色だった筈だ。それに袖には白い糸で均一にラインなんて見えるように入っていない。

 これは…

「学生服……?」

 八高の制服袖だと分かった。

「まさか…本当に……?」

 未だに信じられない。表情には出ないものの困惑している総司に更に追い討ちを掛ける様にして車内アナウンスが告げる。

『次は~八十稲羽~八十稲羽~』

「?!!」

 都会に向かって乗っていた筈の電車はいつの間にか八十稲羽に向かっている車両だった。

 これは冗談ではない様だ。

 総司は突きつけられた現実に深いため息を吐いた。常識では考えられないが起こってしまったものは仕方が無い。イゴール達の言う通りにもう一度4月から事件を追いなおすしか無い様だ。

 諦めが肝心。

 元来の性格も手伝ってか総司の切り替えは早い。

 それだったらもう一度あの一年間を今度はゆっくりと考えながら過ごせば良い。

 そう思って手荷物であるスポーツバッグを荷物置き場から降ろそうとして立ち上がった瞬間、今度こそ総司は固まった。

 視界の先には足元が見える。

 その足元ではヒラヒラと動く布。ズボンでは無い。千鳥格子柄の入ったスカート。

「え………っ」

 総司の着ている制服は制服でも女子の制服だった。

 そこでようやく気が付く。

 己の性別が変わっていた事に……。

「……………………」

 総司が愕然としている内に電車はもう八十稲羽のホームまで入り込んでしまっていた。

 取り敢えず、降りないと。総司は固まっていた己の体を無理やり動かすとスポーツバッグを片手に慌てて出口に向かう。丁度電車は停車位置に着いた所で、程なくしてドアが開かれる。

 そこから降りると、白線の内側まで行き、いったん荷物をその場に降ろす。

 見慣れた駅。仲間とつい数時間前に別れた筈の場所。

 なのに自分は再び舞い戻って来た。時間旅行も良い所だ。現実では不可能な過去に戻る…それも性別変換のオマケ付きだなんて…。

 その瞬間ある言葉が脳裏を掠める。



『それに…二度目を迎えるにあたって、ちょっとした追加要素もお与えしましょう』



 イゴールの言葉だ。

「まさか…これが追加要素…だと?」

 だったら何て意味の無い…。でもこれは現実なのだろう。

 総司はまた一つため息を吐く。

 だが、そこからの行動は早かった。現実を認識するともうなってしまった物はしょうがないとばかりに自分の荷物を人気の無い場所に異動して漁る。

 取り出したのはまず携帯だ。時間と時期を調べるのには便利な物。

 液晶画面の日付は4月11日を表示している。これは自分が八十稲羽に来た日。

 確実に時間は戻っている。

 そして次に取り出したのは己の身分を証明するもの。それは保険証。それを見やる。そして性別の確認。

そこにはしっかりと女と記されている。そして名前。



 瀬多総子



 何の捻りも無いが、まさしく女性の名で己の名が記されているのだった。更なる現実を突き付けられて今度こそ悟りの境地だ。

 自分はこの性別でまた八十稲羽で一年間過ごすのだ。

「ま、何とかなるか」

 あんまり気にしない性格もあって、そう納得すると総司いや総子は荷物を仕舞う。そろそろ堂島親子が駅の外で出迎えに来ている頃だろう。あまりここに長居していては堂島に迷惑を掛ける。

 本当の所は感謝している。自分とてこの八十稲羽から離れ難かったのだ。それがどう言った形であれこうして戻って来られた。余計な追加要素まで加わっているが。

 そこはまたベルベットルームに呼ばれる時が来る。その時に問い詰めようと総子はよしっと気合を込めてスポーツバックを担ぎ上げて、改札へと向かった。

 二度目の八十稲羽での生活を始める為に。

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